2018.02.09 5東京日本橋歯科
抗生物質(ペニシリン)物語

A フレミングの有名な青カビの競売
今年7月、英国で開かれた、あるオークションで、かのアレキサンダー・フレミング(Alexander fleming)が抗生物質を発見する際に、重要な役割を果たした有名な【青カビ】の標本が出品され、大きな話題になりました。結果として85万円で落札されたそうですが、写真でみるように、何の変哲 もない容器に入った、ただの青カビにしかすぎません。
この青カビが作りだした物質に、抗菌力があるのではないかとフレミングが想像力を働かせたのは、今から約100年程前のことです。

フレミングはこの生成物の重要性に気づいていながらも、化学的な技術を持ちあわせていなかったために、抽出ができなくて10年近く放置していたのです。ところが、このフレミングの論文に注目していたH・フローリ(オーストラリア・アデレード)とE・チェイン(ナチスに祖国を追われたドイツ系ユダヤ人)によって、1940年ついにイギリス・オクスフォード大学で、初めてペニシリンの粉末を得ることに成功したのです。この功績によって3人は1945年のノーベル生理・医学賞を受けています。
このフレミング達の大成功に目をつけたある人物が1952年、何とフレミングの家に強盗に押し入ったのだそうです。幸いにして隣人が撃退してくれたおかげでフレミングは無事だったのですが、その時感謝のしるしとして、隣人に贈られたのが、今回出品された青カビの標本です。その当時、この隣人にわたされた手紙には「くれぐれも、ゴルゴンゾーラ・チーズと間違えませんように」と書かれていたそうです。
口の中とペニシリンの発見
このペニシリンの発見も、実はそのヒントの糸口は「口の中」と大いに関係がありました。フレミングの時代は細菌の培養といっても、現在の様に無菌室といった立派な設備があったわけではなく、実に大らかな環境の下で行われていました。そのような中で、フレミングがたまたま「くしゃみ」をして、その飛沫が培養中の細菌の容器に紛れ込み、その飛沫の周りだけは細菌が増殖していないという現象が起きたのです。この細菌が増殖できないという事実は、唾液の中の何かが、きっと影響しているのではないかと期待をいだいて研究したフレミングは見事に、現在「リゾチーム」として知られる酵素を発見します。
後年の、ペニシリンの発見もこの時の体験から啓示を受けたと彼自身、回想しています。
この「リゾチーム」は抗菌作用は弱いものの、現在では大変安全な素材として防腐剤に姿を変えて、日常頻繁に使用されています。
戦争とペニシリン
人類の業ともいえる、古今東西、幾多の戦争において、感染症(ブドウ球菌、破傷風菌、ガス壊疽菌、炭疽菌など)により、多くの人々が命を落としてきました。しかし、このペニシリンの出現で感染症で亡くなる人の数は劇的に少なくなりました。
日本でも、戦前に研究が行われ、実際に生成にも成功したのですが(碧へき素と呼ばれ、少ない症例だが臨床でも使用され、著効があった)、時すでに遅く、残念ながら日の目を見ることはありませんでした。戦後アメリカの技術供与により、日本国内でも大量生産されるようになり、おりしも朝鮮戦争で需要が急増したことから、日本の製菓・製薬会社はこぞってペニシリンの製造を行い、大躍進しました。
ペニシリンは戦時中も大量に生産されたのですが、軍の統制が厳しく、厳重に管理されていた為に市場では高価で品薄となり、闇商売が横行するようになります。
映画【第三の男】
監督:キャロル・リード
脚本 :グレアム・グリーン
出演者:ジョセフ・コットン(劇作家:ホリー・マーチンス)
オーソン・ウエルズ(マーチンスの親友:ハリー・ライム)
アリダ・バリ(ハリー・ライムの恋人:アンナ・シュミット) 音楽:アントン・カラス(チター演奏)
撮影:ロバート・クラスカー(アカデミー撮影賞受賞)
イギリスの作家グレアム・グリーンが、当時の世相をペニシリンの密売をとおして描いたこの名作を、同じイギリスの名監督キャロル・リードは洗練された映像で見事に映し出しています。戦後の混乱したウイーンで、なぜかやけに気になる観覧車と共に、アントン・カラスの弾くテーマ曲のチターの響きがバックを流れ、クールな中にも何ともいえない哀愁を漂わせています。
映画ファンならずとも必見の名作です。